まず最初に反省しなければならない。結果的に息子の下の前歯・・・3本しか生えていなかったが、そのうちの2本が折れてしまい、抜歯せざるをえなかったからだ。乳歯とはいえ、永久歯が生えてくるまでの4~5年間、その部分は歯抜け状態になる。咀嚼や構音にどのくらい影響があるのかも、これからの話だ。
昨日の16時頃、私は他の事業部の案件の手助けを頼まれ、対策会議に出ていた。約100万件の売上データの集計に時間がかかりすぎているというものだった。何しろ、現在の見積では集計が終わるまでに2週間かかるという。集計の遅さの原因はNoSQLデータベースの知識のないエンジニアが、旧来のRDBに対するバッチ処理的な考え方で集計を行っていたことだった。私は100万件のダミーデータを作り、MapReduceの仕組みを用いて集計を行う方式を提案し、2分ほどでスクリプトを作成。実行すると僅か7.7秒で結果が得られた。そして、本番データで集計スクリプトを動かそうとしていた時、内線が鳴った。
(御家族の方からお電話です)
会社に電話をかけてくるのは妻しかいない。そして緊急時だけだ。
(転んで、前歯が折れちゃった・・・)
「えっ!?。今どこ?歯医者には連絡した?」
(親戚の家・・・。(いつもかかっている)矯正歯科には電話したんだけど、先生が学会でお休みなの。それで、連絡取って折り返し指示をくださることになってるの)
その後伝えられた矯正歯科のDr.の指示は、口唇口蓋裂の治療でかかっている医大附属病院の口腔外科を受診することだった。私の会社からは、電車を使って病院まで約40分。妻と息子がいる場所からは、夕方で混んでいるので少し高速を使っても約1時間かかるだろう。
定時まであと45分ほどだったが、事情を責任者に話してすぐに退社することにした。集計の担当者には悪いが、これ以上は手伝えない。何なら土日で何とかしようと言い残して会社を出た。その40分後、私は医大附属病院の救急外来に到着。15分ほどして、妻が息子を連れて辿り着いた。
息子は口の周りが血で汚れていて、その口も半開きになっていて折れた歯が見えていた。だが、不思議なことに機嫌はそれほど悪くない。私が抱っこしようとチャイルドシートのベルトを外したが、妻に「スーツが血で汚れるから・・・」と止められた。その妻のポロシャツは血まみれだったが、それより私が心を傷めたのは、妻の泣き腫らした顔だった。自分を責めているのだろう。
救急外来の受付で事情を説明すると、しばらくして当直のDr.が診察をしてくださった。しかし、口腔どころか外科ですらない、眼科の若いDr.だった。それでもDr.は一生懸命全身の状態を確認してくださり、形成外科や口腔外科のDr.に連絡をとってくださった。時刻は19時前で、さすがに今日の処置は無理かと思われたが、口腔外科のベテランDr.が駆けつけてくださり、処置をしていただけることになった。
・・・
専用のベルト付きボードで抑制した息子を、救急の看護師さん.がさらに押さえつけ、口腔外科のDr.が処置を行った。局所麻酔のあと、一応、折れた歯を戻してみて、戻ればそのまま。無理なら抜歯という説明を手短に受けた。歯は根本から折れていて、飲み込むと危険なのでやはり抜歯します、というDr.に同意して抜いて頂いた。
処置のあいだ、息子は激しく泣き叫んだ。そして泣きながら時折、助けを求めるように私達を見る。妻は見ていられず、私の影に隠れて、手を握って、顔を伏せて涙ぐんでいた。私は、息子が頑張っているのを見届けることが父親の役目と思い、処置をじっと見ていた。
口腔外科のDr.がいちばん苦労しておられたのは止血のための縫合。泣き叫んで動く下顎を縫うのだから大変だ。助手に入った眼科の若いDr.は、口腔外科のDr.に「そのライト(の角度)じゃ見えないよ」「(器具を持つ時はグローブを)替えて。常識だよ常識」と、何回か怒られていた。普段は眼科だから、外科処置の助手なんかしていないだろう。私達のせいで怒られて申し訳ない・・・。
縫合した糸は吸収されるもので、抜糸の必要はないと説明を受け、念のため来週水曜日に口腔外科を受診する予約を取っていただいた。口腔外科のDr.はスタッフには厳しかったが、息子の怪我について妻を責めるようなことはなく、とても紳士的に対応してくださった。
・・・
帰宅して1時間。飲食を止められていた時間が過ぎ、ヨーグルトを与えてみると、息子は続けざまに3個を平らげた。とりあえず飲食はできるようだ。3個目のヨーグルトには抗生物質(メイアクト)と頓服の痛み止め(カロナールシロップ)を混ぜたが、そんなことはお構いなし。口直しのスポーツドリンクもコップ一杯分飲み干した。
息子はその後、お腹がいっぱいになったら寝るかと思ったが、逆に元気になって普段どおり動きまわり始めた。とても歯を2本折った直後とは思えない。子供のパワー、恐るべし。。。とはいえ、温めると痛みが増すかも、と考えて昨晩のお風呂はパス。
落ち着いたところで、息子が転んだ親戚の家に妻から電話をかけさせた。
「なるべく軽い調子で電話してね。おばちゃんが気に病むといけないから」
この頃には、凹んでいた妻も少し元気が出てきていた。
平日の日中に子供が怪我をしたような場合、「ちゃんと見とけよ!」とか言って奥さんを叱ってしまうような旦那さんもあると思う。しかし、それにはマイナスの効果しかない。お母さんはお子さんを精一杯見守っているけれど、100%完璧に保護するのは難しい。歩き始めた子供の行動は予測できないことが多いし、あまり行動を制限すれば発達に影響がでる。その難しいバランスの中で神経を擦り減らしながらお母さんは頑張っている。子供が怪我をした時にいちばん後悔して自分を責めているのはお母さんだ。そのお母さんに追い討ちをかけるように叱責すればさらに元気がなくなって、子供にまで影響してしまうだろう。
父親の役目としては、もう一度同じようなことが起きないように、実現可能な対策を考えて実行することだ。息子の今回の場合で言うなら、要は足腰が安定していて転ばなければいい。頭が大きく重い息子なので転びやすいのは分かっていたから、しっかり足腰を鍛えさせるべきなのだ。それに、転倒に限らず、どういう状況が危険なのかも少しずつ息子に理解させていかなければならない。
こういう時こそ父親の出番だ。
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